降霊術-怒りに対処する編

ねんてんです。

瞑想をやってきたり、やっていきます。

社会性を高めます。

キーポイント:

  • コミュニケーション
  • お怒りマネジメント

人は会話をしたり、しなかったりします。

考えないと話せない人がいて、間が悪く困っています。

そうではなく、考えずに話せる人がいるようです。オッ、降霊術。

社会性を極めた霊を口寄せし、喋らせています。

考えずに話せるということの意味がわかりましたね。

 

人は怒ったり、怒らなかったりします。

自分の都合が理由でお怒りと思われた人は、陰で「今日はキてましたね」などと笑われがちです。大変ですね。

そこでお怒りを見せない3つのお気持ちをご紹介。それは許容のお気持ちと、感謝のお気持ちと、供養のお気持ちです。

 

1.許容のお気持ち

相手を身勝手だと感じてお怒りになったとき用います。

相手がどう行動するかという権限はわたしのものだとわかり、その行いを引き起こさせたわたしを許しになります。

わたしの近傍の世界では、だれよりもわたしの方がえらいことを知っていましたか。

  • 知っていた
  • 今知った

 

2.感謝のお気持ち

上から目線を浴びてみたり、ダシにされてお怒りになったとき用います。

感謝を極めた霊を口寄せできるようになると、ありがたみ観点を見抜いてお言葉になります。

全ての怒りを感謝で返してしまいますが、整っていないお気持ちでお言葉を伝えてしまうと、皮肉がわかりになって盛り上がります。

思い出しになってお怒りの際は、ご自由に盛り上がっておしまいなさいませ。

 

3.供養のお気持ち

不思議な頼まれにお怒りのとき用います。

彼岸からめぐりめぐってわたしの元へとたどり着いた頼まれは、わかりになることはありません。

成仏のため、供養になることで、悲しみの連鎖をお断ちに……

供養を意識して生きると、自分が供養された瞬間にもお気付きですから、ありがたくなっています。不思議ですね。

 

降霊術により、自我とは別の主体になり、自我が持っていた感情をお忘れです。お怒りに役立てましょう。

しかし、お怒りを忘れてその場を凌いだとして、それは本当にわたしの役に立っているのでしょうか。

 

感情を誤魔化して生きた結果

「どんな迷惑も許してくれる人」

「騙しても感謝してくれる人」

「なんでも引き受けてくれる人」

 

と評価され、さらなる災厄を呼び寄せる、とお思い当たりでしょう。一つだけ、違います。

感情は、誤魔化してはいないのです。お怒りを自覚しなければ、嫌なできごとを、許しになったり、ありがたみになったり、養いにはなりません。これらは感情を自覚した後に起こることです。誤魔化したときは、自分の感情すら流れに任せ、観測しないのです。

感情は、観測することでより強まり、降霊術により忘れます。ですが、自分で口寄せをする前に、すでに取り憑かれてしまっている、そういうとき、感情は誤魔化されてしまいます。

感情を誤魔化さなければ、自分がどうありたいのかを(納得した上で)つくれるようになります。

それは自分の選択が誤魔化されていないと信じることができるからです。

他者に魂を支配される災厄を防ぐには目標をつくり、やっていきます。

 

喜怒哀楽疑憎淫+許し, 謝り, 養い  and You. 8番目の感情はあなたです。

例題


感情が見えるとお怒りになりがちです。コミュニケーションを続けたいときには、

  • いいよ:許容
  • ありが:感謝
  • わかり:供養

の三種の降霊術からコトダマを選んで冒険に出ましょう。

たたかいの後でお怒り理由を分析してみましょう。

 

降霊術は嘘なので、モヤモヤです。一人になった瞬間お怒り分析しちゃうでしょう。

 

一人きりのときに口寄せをしてしまうと、自分自身との対話を凌いでしまい、感情を誤魔化すことになってしまいます。

あまりに感情が乱れているなら一時的にはやむを得ませんが、自分自身との向き合いを回避してしまうと、さらなる災厄を甘んじて受け入れることになりかねません。

誤魔化すかどうかは一度自分の心と相談してから判断してみましょう。

ただし、たとえ一人きりでも、念が届いてきて聞こえる声とコミュニケーションする際には、真面目に悩まず口寄せしてコミュニケーションを任せるのも十分考慮できることです。背負い切れなかった並行世界の自分の思いまで救うのは、傲慢に過ぎるというものです。

別ルートの自分の苦しみなど、解脱をすれば関係のないことです。気持ちよくなるだけならいつでもどこでもできるのです。

霊的に聞こえる声とコミュニケーションする場合は、現実のコミュニケーションでは唖然とされるような、許容という名の命令を、感謝という名の皮肉を、供養という名の追放を、口寄せすることすら自由です。ですがこうした霊は、その力強さのぶんだけ、わたし自身を魅了し、依存したくなってしまいます。こんなのに取り憑かれてしまうと、人間性が破滅してしまいます。

気持ちをコントロールする強さを持ち、使ってよいとする条件をわかりになり、あなたの法に従ってのみ執行することがライフソウルバランスにとって重要です。

魔法の三すくみ


1.許容,感謝,供養の三すくみ/怒りの対処

許容=召喚:上位に立つ

感謝=反射:感情を返す

供養=回復:気持ちを癒す

許容<感謝<供養<許容...:関係A<Bは「Aできない怒りをBでカバーしやすい」ことを意味する

 

2.命令,皮肉,追放の三すくみ/サイキックバトル

命令=召喚:上位から指示する

皮肉=反射:感情を反転させる

追放=回復自分の環境を回復

命令<皮肉<追放<命令…:関係A<Bは「Aに対してBが勝つ」ことを意味する

 

怒りの対処とサイキックバトルでは、外的なコミュニケーションと内的なコミュニケーションという現象の反転が生じています。そのためサイキックバトルでは、怒りの対処において実現されていた人間性という虚飾が剥ぎ捨てられ、自然な姿を取り戻し、関係性の解釈が単なる強弱関係というシンプルなものになっています。

ただし追放<命令の不等号は字面の直感だけではわかりにくく少し考えまして、次のようにして理由を理解できます。

追放<命令命令側がすでに追放側の環境の上位に存在し、追放できるようなコミュニティの外側から命令しているため、命令側が勝つ

 

※魔法の三すくみは固定的なものではなく、状況に応じて解釈した一例にすぎません。