無意識とやっていく

ねんてんです。

瞑想をやってきたり、やっていきます。

無意識とやっていく。

キーポイント:

  • 存在の構築:無意識に介入
  • 存在の破棄:無意識の浄化

人はなにかをしたり、しなかったりします。

なにもしていなくても、エーテルに染み出したお気持ちをもとに、脳が育っています。

そうした生の現実は意識されないという意味で無意識の一部です。

また、現実の複雑さに比べて意識できていることはごく一部にすぎません。

現実世界は実際のところ無意識のなかにあります。

 

意識できる世界は、アストラル体の機能として実現されています。

肉体への知覚がエーテル体の記憶を呼び起こし、アストラル体に表象としてあらわれ、意識になっています。

 

意識が表側であり、無意識は内側であるという見方を利用することで、意識を象徴するアストラル体は外側に、無意識である現実世界=肉体は内側に、両者の機能を記憶で繋げているエーテル体が中間層に、それぞれ存在するという、三体が層になっているイメージモデルが示されます。

 

こうしたイメージは文脈によって変わりうるものです。

逆にいえば、イメージのあり方によって、ある概念がどのような文脈にあるのかを隠喩できます。

イメージを存在させることは、存在を肯定するだけの背景・文脈を、無意識的に導入する力になっています。

存在を直観することで、無意識はその対象が存在するはずの世界へと変わります。

存在とは、その背景まで含めて世界全体と連関した対象であり、宙に浮いた概念ではないからです。

 

いまこの時のあなたの世界では、どれだけの存在が肯定されているのでしょうか。

生きて存在をたくさん経験していく中で、ジレンマ、一種の矛盾とも言える存在を抱えることもあるかもしれません。

二人のえらいひとから別々に相反する指示を下されては働けませんし、そのような異常がなくとも、気が変わりやすい上司に態度を二転三転されては困るというものです。矛盾とはそういうことです。

重要ではないような存在が矛盾してもたいしたことがないように、人それぞれ許容量もあるでしょう。

ですが一般に、ジレンマは人の思考力を鈍らせ、人の精神的なストレスのほとんどがジレンマとして解釈できます。

こうしたジレンマは経験から理解して生まれています。それと同時に、ジレンマを生むように、私自身が存在をシミュレーションした結果に過ぎません。本当の他者の思いとかいうものは、究極的には無意識の向こうにしかありません。

私が勝手にシミュレーションしている存在を切り捨てること、心の中で距離を取ることを、浄化といいます。浄化により一旦ジレンマが解消され、自然な視点から再び存在を見ていくことができるようになります。

その後の生活によって再び私の思いという業がジレンマを引き起こすかもしれませんが、その時はまた浄化すれば良いだけです。

浄化を進めると、心の中が整理されていきます。そのことにより、瞑想を行う際のホームポジションとでもいうべき、心の中の内的な領域を獲得できることもあります。

自分の心の中の領域があると、どんな場所でも落ち着いて瞑想したり、作った魔導具を置きっぱにしたり、別の場所へのゲートを設置したりするなど、何かと便利です。

浄化の最もシンプルな効果であるジレンマの解消によって、新しい世界観を入れてからの気分の不調を和らげ回復を早めることもできます。魔導具を作って消耗したときは頼りになりました。

 

浄化を実際に行う方法は、人それぞれかもしれませんが、とりあえず気持ちでやっていきましょう。

もしできなかったとしても、別の記事で紹介している超視覚化の技術を使用すると、肉体レベルの実在を、表象レベルでの存在の零化により実現できます。これにより意識した存在を浄化するのは簡単にできるようになります。

意識した存在が浄化できるだけでも、その存在を成り立たせるのに必要だった無意識的な背景・文脈が解消されていきます。この効果により、無意識を浄化することができます。

何を浄化するのかを見つけるには感受性・インスピレーションは欠かせませんが、どう浄化するのかという点で言えば単なる技術の問題にできますので、一つ一つ習得して行けるよう、やっていきましょう。