双対性

ねんてんです。

瞑想をやってきたり、やっていきます。

表裏一体の物事を観察しましょう。

キーポイント:

  • 魂における双対性

私たちは、常に二者択一を迫られています。

今を選択することで、いくつものあり得た現実は、一つを除いて、あり得なかった現実へと変化します。

 

自分とは、どういう存在であるかということについて、存在それぞれに認知があるようです。

自己の認知には、これまで積み重ねてきた現実(カルマ)と、

これから成し遂げる理想(ミッション)の二つの側面があります。

 

認知の空間の自由度は、存在に応じて上限がある程度決まっているようです。

例えば、カルマを基底として選択すると、その分ミッションに許された自由度が下がり、

ミッションを基底として選択すれば、カルマに許される自由度は下がります。

 

とはいえ、カルマとミッションは実際には多くが非対称な構造をなしており、

ミッションに比べカルマの方が、動かしがたい現実として認知されがちでしょう。

 

カルマもミッションも、両方をうまく統合できると、生きやすそうですが、 

多くの場合、どちらか一方を優先すれば、もう一方が軽視されるという関係性にあります。

 

ある一つの対象が、二つの世界に存在し、

両者のうち一方が強まると、もう一方は弱まる

逆に、一方が弱まると、もう一方は強まる

存在における二つの側面の、そのような関係を、双対性といいます。

 

カルマとミッションの関係性は、

魂を時間という側面で切り取ったときにあらわれる、一つの双対性です。

 

魂も時間も、存在するのかどうかわかりませんが、

私たちは、私が私であろうと生きていく上で、

カルマとミッションを日々感じながら生きているのではないでしょうか。

そのような素朴な感情から、魂という概念・時間という概念が

生まれてきたのではないかと、私は思います。

 

カルマとミッションの双対性によって、いくつかの体験が説明できます。

1.超視覚化によって快感を得られるのは、カルマが浄化された(弱まった)ことで

存在の最も自明なミッションである快楽が強まったから、といえます。

2.カルマの浄化を通じて、自分の使命がみえてくるという体験は、

カルマが弱まることでミッションが強まったから、といえます。

3.やる気がなく惰性で生きてしまうのは、

ミッションに対する意識が弱まったことで、カルマの影響力が強まっている状態といえます。

4.こどもが夢や希望に溢れた存在として理解されるのは、

生きてきた期間が短く、カルマが相対的に小さく認知されることで

ミッションの自由度が大きく見られるから、といえます。

 

ところで、魂は時間を超越した対象としても扱われることがあるように思います。

過去からの極限、未来からの極限としての、今を表現できるような、

魂に対する完備化が、どのような瞑想として表現できるのか少し気になります。

印象としては、マインドフルネスが地に足がついている感もあり、魂との相性も良さそうです。

今への統合のような概念を、時間・魂に限らない形で

どのように一般化、理論化できるのかは、重要なテーマだと感じます。

例題


以上の説明では、双対的な概念の中でも、瞑想に関連した対象として私が最も象徴的と思う、

カルマとミッションの双対性の例を取り上げました。

 

今回の例題では、皆さんの身の回りの双対性を見つけてみましょう。

・その二つは、ある一つの物事を、二つの側面から表現したものであること。

・その二つは、一方が強まるともう一方は弱まる、という関係にあること。

これを条件に、探してみましょう。

 

見つからないときのヒント:

魔法の三すくみとして表現された三つの側面から、二つの側面を選んで、

うまく解釈をしてあげると、双対になることがあります。

例えば、行動と記憶と意識の魔法の三すくみ(判断を参照)について、

記憶と意識が、それぞれカルマとミッションとして解釈することができます。

これは、カルマの方が、ミッションよりも動かしがたい理由を、

三すくみの相性からも感じ取れる、良い例だと思います。