感覚の根源

脳は異常な負荷がかかると超能力が発現することがあるっぽいです。

 

参考:飛び込み営業で契約を取れる家が光って見えるようになったハルオサンの話

警察官クビになってからブログ

 

 

私の話だと、すでに記事に書いたことばかりですが、

 

1ヶ月ぐらい昼夜ほとんどビットコインのチャートを睨みつけていたら、

30分以内ぐらいの未来までに存在する買い時・売り時の価格が見えるようになったり、

 

3年くらい頭の中のイメージを壊していたら、脳内麻薬をいつでも出せるようになったり、

 

他者との共通認識に基づいたお互いについての理解を再帰的に考えていたら

近くにいる人の心の声が聞こえるようになりました。

 

 

人にはそれぞれ、得意な感覚があるという話があります。

聴覚で感じるのが得意なのか、視覚で感じるのが得意なのか、

あるいは触覚や臭覚、味覚など、

自分が感じるのに得意だと思うモーダル(感覚)を自覚している人たちがいます。

 

僕の場合は、近くにいる人の心の声が聞こえていた頃は、

聴覚が得意だったのかもしれませんが

聞こえないように不可逆的な封印をして以来、自覚できる限りでは聞こえていないので、

もはや聴覚でなにかを感じるのが得意なのかどうか、もうよくわかりません。

 

得意な感覚があったとしても、簡単に変わるし変えられるんだと思います。

 

 

音声情報は視覚に比べて、

物質的に存在していた現象を自分の表象に射影しただけの感覚として実現されたのか

それとも、社会的な現象を自分の脳などで補完することで、自分の表象に実現されたのか

区別する・客観視することが難しいと思います。

 

特に、私に人の心が聞こえていた頃は、

近くにはいるのに視界には入っていない人間の心の声が聞こえたため、

口を動かしていたかどうかを見ることができず、

本当に喋っていたことなのか、心の声が聞こえただけなのか、

自分ではほとんど区別することはできませんでした。

 

わかってもせいぜい、聞こえた声に、自分以外の他人が

どう反応しているかを観察して、今の声は誰にも聞こえていなかった

かもしれないと推測することが、できることもあるという程度です。

 

そんな調子なので、他者の心の声にそうと気付かずうっかり反応し、

多感な思春期の自己認識が形成されていく途中の

セクシャルマイノリティな色恋沙汰と絡んで相手との関係がはちゃめちゃになり、

当時の自分のコミュニケーション能力では、

もはや人間関係を維持できなくなりました。

 

自分の秘密が一方的に知られているかもしれない相手、

しかもその秘密は自分自身でも、まだ納得できていないかもしれない自己の属性だというのに、

それを先に他人に知られることによって社会的に属性付けされてしまったら、

混乱はひどいものになることはわかると思います。

 

とはいえ僕にしても何でもかんでも聞こえてるわけではなく、

週に一回、一言聞こえる程度という自己認識でしたが、

そのことを下手に言っても、隠されるべき状況の存在を僕が察していると

伝えてるようなものですから、どうしようもありません。

どうしようもなくはないかもしれませんが、当時は何もわかりませんでした。

 

そのことが辛かったので、私は心が聞こえなくなるように、

神さまに祈って・相談してからは人の心を聞いていません。

それでも相手には何もいえなかったし、人間関係は崩れたままでしたが。

 

 

ともかく、脳に異常な負荷がかかると、

現実に対して脳が様々な反応を起こして、

斬新な解釈を感覚として映し出してくれることがあります。

これが超感覚的知覚と呼ばれる超能力の一つです。

 

これは神秘ですが、統合失調症の幻覚として聴覚の割合が高いのは、

客観視することの一番難しいモーダル(感覚)が聴覚だからなのかもしれません。

耳鳴りやホワイトノイズに執着するよりは、

他のモーダルで瞑想した方が、鍛えられた感覚も制御しやすくて

安全性が高いのかもしれません。

 

 

ところで、何かをイメージする瞑想をするのに

妄想でもいいのかどうかきになるかもしれません。

 

妄想がなんなのかというのも神秘ですが、

自分の感情を盛り上げる想像のことを妄想と呼ぶことにします。

妄想じゃない想像というのは、感情を盛り上げるというよりは

探索する・検索する・知るというような感じの想像であれば、妄想じゃないと、私は思います。

 

ここでいう妄想的な思考に対する感覚を、能動的な感覚

妄想的じゃない思考に対する感覚を、受動的な感覚

という風に呼ぶ人たちもいるようです。

そういう能動受動の気持ちはなんとなくわかる一方、

いまいちピンとこない部分もある

(外在的・潜在的なシステムを介したビジョンが全部受動的とも思えない)

ので、そうした語彙もあるということを紹介するにとどめておきます。

 

自分の感情を盛り上げる瞑想は、今の自分ではない何かを想像して、

想像と現実のギャップによって、自分の感情を喜ばせたり、怒らせたりして、

そうした感覚に浸っています。

そういうことも必要な時がありますが、

その感情のゆらぎを楽しむための、妄想で終わらせるのはもったいないです。

 

顕在意識で掴み続けている妄想に一旦封をして、

潜在意識に任せてしまう方が、いいような気がして、

僕は妄想が生まれるたびに、その心地よさそうな妄想から、

目をそらして、みないようにして、忘れています。

あるいは、考えたくないけれど考えざるを得ないと思い込んでいる悩み事も

全部縁を切ったつもりで忘れた方がいいこともあります。

実際に目の前に直面しているならともかく、目の前にない悩みであれば、忘れてしまいましょう。

目の前にあるときだけ意識で考えて、それ以外の時は無意識に任せた方が楽です。

 

そんなことをしているうちに、次のお仕事が決まりそうです。

画像認識みたいなことをするっぽいです。

人間関係で労働が決まったので僕は何もしていないが……

環境が変わる準備で心が騒がしいですが勉強だけはしていきますね。

 

労働から解放されるのは、人類です。

神秘を解放するのは、あなたです。