多様性がある世の中は、自分とは異なる価値観で溢れているだとか、

それゆえに不愉快に多く直面することになるだとか考える人をみると、

彼らは自身の社会性に飲み込まれて、

自分と社会を区別できなくなっているように見えます。

 

多様性は人工的な創造物というよりは、

社会生活の中で創発的に生まれています。

 

世の中の多様性を保つというのは、

積極的に何かを認めたり受け入れようとすることによって実現される、というよりは、

政治的な抑圧を排除していくことによって実現されるものです。

 

たとえば、婚姻概念を同性間にも可能な関係のひとつとして拡張した、

同性パートナーシップのような概念は、

人間関係の行政的表現が家族・結婚などといった、

ごく一部の関係のみに制限され、抑圧されていた状況に対して

その抑圧をほんのすこしだけ取り除くことによって

具体化されているということです。

 

同性パートナーシップは別に、

同性愛者を認めたり受け入れるために導入する制度ではありません。

 

同性愛者だからといって、パートナーを欲しがらない人や、

パートナーシップ制度ができるがゆえに、逆に、なんで結婚しないの?

と問われるかもしれない、などと恐怖を感じる同性愛者もいます。

そういう同性愛者にとっては、同性パートナーシップはただの迷惑です。

 

それでも同性パートナーシップを実現しようという方向に世の中が動いているのは

ただ単に、人間関係の行政的表現からくる抑圧が、

自由な人間社会に備わっている多様性までもを抑圧するために

社会の包摂性を低下させ、不合理な争いを生み出していると考えるからです。

 

自分とは異なる価値観というのは、

たとえば同性パートナーシップのような制度が導入されることで、はじめて生まれるものではなく

社会的制度を用意する前からすでに存在しています。

 

「社会的な制度を整えてしまったら、自分とは異なる価値観があふれて、みんな不愉快になる」

などと考える人は、自分が周りにいる異なる価値観の人に、

いま、自分の価値観を押し付けているから、

不愉快にならなかっただけだということを、考えてみてはどうでしょうか?

 

多様性というのは、認めようと認めなかろうと、はじめから存在しているのです。

異なる国籍の人も、LGBTPZNの人も、四肢欠損の人も、

幻覚をもつ人も、魔法を使う人も、幽霊の人も、存在しています。

あなたがその多様性を認めるだとか認めないだとかは、ただの傲慢でしかありません。

認めようと認めなかろうと、存在するのが現実です。

もちろん、多様性を認めないという価値観も存在するのが現実です。

 

すべての存在は、多様性は、だれにも否定しようがないという意味で、

神に祝福されて存在しています。多様性は神の別名なのです。

 

LGBTPZN+You 8番目の神は、あなたです。