瞑想

こんにちは。ねんてんです。

瞑想とはいったいなんなのでしょうか。

 

意識の高い人たちが、自分の成功の理由を聞かれて、

説明するのがめんどくさいときに、

「瞑想をやっていたおかげだ」と言って、

お茶を濁すための行いでしょうか?

 

世の中には色々な瞑想があるし、

どんな瞑想をするべきなのかわからないとか、

瞑想にどんな効果があるのかわからないかもしれません。

 

ですが、どんな瞑想であっても言えることが一つあります。

すべての瞑想は、存在から再帰的構造を取り出しています。

 

再帰という概念は、ざっくりというなら、

存在を定義するために、存在それ自身を用いるような

やりかたのことを再帰といいます。

 

具体例を見てみましょう。

たとえば、呼吸法のような瞑想をするときに取り出している

再帰的構造は一体何でしょうか?

 

一定のリズムを刻む呼吸法では、

自分の呼吸を観察し、意図した通りに呼吸を制御します。

ひとが呼吸法に従っている時、

自分の呼吸を観察することは、

自分が呼吸をすることと一致しています。

(よくわからなければ実際にやってみてください。)

 

つまり、そうした呼吸法は、

行為と知覚の相互作用から生じる再帰的構造を利用することで、

(観測することが世界を決定することだという)真理をひとつ具体化した瞑想だということです。

 

自分の呼吸を観察して、制御するという瞑想は、

行為と知覚の相互作用を通して、

私の認識の再帰的構造を映し出しています。

 

呼吸法は、漠然とやってもそれなりに

体験はあるかもしれないし、ないかもしれませんが、

その時何を見ているかによって、体験が様々に変わります。

呼吸法における再帰的構造や、具体化された真理についての

認識を抱きながら呼吸法をしてみると、

また違った体験が得られるかもしれません。

 

 

他の瞑想例もみていきます。

 

視覚化

視覚化の瞑想は、感覚することと想像することを一致させる瞑想です。

これは呼吸法とアナロジーできるので、視覚化は再帰的構造を取り出しているとわかります。

アナロジーの中身を具体的に書くと

A. 感覚すること = 呼吸を観察し数えること

B. 想像すること = 呼吸を制御すること

と対応させることができます。

そして、視覚化も、呼吸法も、どちらもこの1と2を一致させるものです。

つまり、知覚と行為の相互作用による私の認識の再帰的構造を取り出しています。

このアナロジーから、視覚化の瞑想も、呼吸法と同じように、

観測することが世界を決定することだという、

真理の一側面も具体化していることがわかります。

 

超視覚化

超視覚化の瞑想は、

1. (視覚化を通して具体化した)観測することが世界を決定するという真理と、

2. それに反する社会的な自我

という、私が持っている二つの存在から生み出される矛盾・反発を、

A. 対象化して

B. 破壊する

という瞑想です。

この破壊は、矛盾した存在の自壊とも言えます。

この矛盾は、力づくでも壊せるかもしれませんが、

適切に観測することで、矛盾である以上、自然と自壊します。

もし必要があるとすれば、背理法のように、

矛盾を推論する羽目になった仮定を観測して、

破棄すると、近道かもしれません。

超視覚化が取り出す再帰的構造は、

矛盾した存在はそれ自身によって崩壊するという構造です。

 

 

世の中には様々な瞑想があります。

あらゆる瞑想は、再帰的構造を取り出しているでしょうか。

確かめるのは、あなたです。